検査

平日の外遊びに寄せられる通報。育ち盛りに「隔離」は酷ってもんでその位は大目に見る寛容さがあっても。
事態は深刻、に違いないのだけれども非日常にこそ学ぶこと少なくなく、不謹慎と知りつつ思い巡らす「まき散らす」主の心理。飽きぬ連日の報道とて不安煽られる一方、それがかえって用心に結びついて思わぬ効能が生じていたりも。昨今なんぞワイドショーを見とる主婦層のほうが詳しかったりもして。陽性の少なきは浸透せぬ検査体制に負う面が大にしてその充実を図らば欧州に劣らぬ数が上がるに違いない。なんだけれども、部分最適は必ずしも全体最適になるとは限らず。のべつくまなしと申しても足りぬ病床に見えぬ出口。
そもそもに医者なんぞは会いに行ったが「貰う」こともある訳で。症状も出とらん以上は「あえて」行かぬが利口な上に何かと好都合だったり。陰性を知るにリスク高く、陽性と診断されれば不都合多い以上、検査を躊躇する心理こそ根底にあるまいかと。ゆえに国家的イベントの実現の為に実数値を意図的に下げて良く見せようとか、患者の意に反して検査を拒むは本末転倒なれど特段の不都合が生じぬ以上は...。そのへんどこまで折り込み済みか未知数なれどとりあえず及第点位は。
さて、予算審査特別委員会を含む定例会の全日程を終えた。「あの予算は私が...」と手柄を競うは過去の話。昨今なんぞは白黒の判断に悩むものこそ少なくなく。中でも民事介入というか私有物件に絡むものなどは扱いに困る。空き家などはその典型であって、さすがにそりゃ誰が見ても度が過ぎとると思へど当人などは意に介さぬというか貫かれる「我」。が、逆とて然り、不在になった途端、撤去を求める背景が積年の日照権だったりもするとそりゃちと勝手が過ぎてはおるまいかと。結果、触らぬに限るなどと及び腰になる役所の心理も分からんでもないのだけれどもそのへんをどこまで酌むか、そこに知恵を絞るが今日の責務ってもんで。
昨年の台風による市内浸水に進む検証の途中報告を受けた。抗えない大自然の摂理に憤懣やるかたない怒りの矛先。そこに隙が無かったかと問われれば多少なりとも後悔はある訳でそこに問われる役所の不作為。一方、火の粉が及ばぬようにとの虚偽改竄は論外なれど、誠実に検証を進めた結果が「結論ありき」などと断罪されては不憫ではあるまいか。
そもそもに流域の大雨が招く外水氾濫と局地的な大雨が下水の処理能力を超える内水氾濫が「同時」に生じてはいづれぬせよ苦渋の決断には違いなく。開門か閉門か、結果として被害そのものは免れぬも別な手立てを講じておればそこまでの深手は負わなかった可能性が高い、とそのへんを認めた形で出された結論。ならば責任を、となるか。意図的にそうならぬよう結論づけることは可能だったはずもそこに真摯に向き合おうとする姿勢は評価に値するのではないか。
で、こたびの教訓を糧に示されし対応策。可動式排水ポンプ車の配備と申しても除雪車が如く掻き揚げて道路脇の雪壁の上に、とはならぬ訳でその実効性を気にしてみたり。一部の水門など高さを上げる為に水底に土のうを積むというけれども水の勢いを軽んじてはおるまいか等々。心配の種尽きぬも検証の真価が問われるはこれからにて。
(令和2年3月20日/2559回)

川崎市議会議員 山崎なおふみ

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