公僕

演説に勝る運転。が、それ以上に性に合っているのが...。
前の歩道と側溝の破損著しく歩行者に危険との理由から補修依頼をいただいた。さりとて、会社側の都合にて往来する大型車両の負い目からか自己補修申し出るも土地の所有者は市にて後々こじれても厄介ゆえ仲介をと。市の土地を市が補修するは原則なれどその原因の「粗方が」私側にある際の対応。依頼受けて早速に現地を確認したらしいのだけれども、まずは依頼主から申請を上げて貰い、自費での対応を市から説明するゆえその仕様に基づいて...。依頼主にそのまま返答するに躊躇なくも「役所の対応としておかしいと思わぬか」と投げかけて受話器を置いた。
「必然的に」そこを通らねば道路に出れず、歩道を「勝手に」整備したは市。その際に大型車の搬出入は想定内な訳であって市の瑕疵は「全く」無いのか、何も好んで故意に破損させとるものではないと。市が提示する仕様とて万が一の事故時に責任問われかねず、「簡易」は許さぬとあらば安からぬ自己負担。相手とて非を認めとる以上は両成敗、いや、「おたがいさま」にて折半あたりが妥当なんだろうけど、その意思決定は私の範疇ならず。仮にやむを得ず全額の負担を求めるにせよ相手の善意を酌んであげねば批判の矛先は別に向きかねず、「だから公務員ってのは...」。
ならば私道補修はどうか。民地ゆえ知らぬなどと一方的に断じるは容易。されど、その大半は何らかの理由で市に移管出来ぬ複雑な事情がある訳で。狭い公道に接する私道。そこに乗り上げねばすれ違い出来ず、対向車との退避による破損は明らかなれど対応を指示するに示されし難色。だって、市の清掃車とて平然とそこを利用しとるに「全く」知らぬはありえん。ましてや依頼主は介護施設に通う一人暮らしの老女にてんな回答を「人として」出来るはずもなく、「役所の不始末は監督役が負わねばならぬ。ならば私が勝手に...」と言いかけて、待ったがかかった、「やはりこちらで」。そう、それが忖度ってもんだよ、ちと違うナ。
依頼主とて役所側の事情は百も承知、さりとて、止むに止まれぬ想いから陳情しとるのだから実現の有無は二の次にせよ当人の「意」位は酌んであげねば報われぬ。まずは「認知」が世の基本。ゆえに選挙とて政策の前に有権者の顔と名前。財政読本なんてのを真剣に読んどるのがおるけど...。道理一辺倒で世が回るか、法より前に勧善懲悪の価値観こそ。教科書の内容のみ教えるなんてのは人工知能で十分。法とて杓子定規の解釈であればそちらに委ねたほうがいいかもしれぬ。
おかわりの有料化に寄せられる不満は費用対効果の不釣合。旨かろう安かろうに人はなびく訳でただでさえ世間様以上の待遇に身を置いとるのだから不味かろう高かろうでは納得されぬ。改めて公僕としての存在意義を再考してみてはどうか。ん?法を逸脱して責任問われぬかって。ならば私が出て行って...そりゃ「全く」役に立たんナ。というか世の批判はそちらに向かんと思うけど。人を泣かせて安穏と生きるより罪に問われようとも人に喜ばれるほうが本望と思わぬか。思わんのが役人だったりもして...。
(平成31年4月30日/2496回)

川崎市議会議員 山崎なおふみ

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