残業

吉報ともなれば過ぎぬ程度に流布すればいいんだろうけど、身内の不幸ともなればどうか。大勢の方々に余計な負担をおかけする位ならば...との判断が働いてもおかしくない。葬儀は身内にて済ませるゆえと遺族が弔意を御辞退される際などはほんとにいいものか、御節介が過ぎてあれこれと下手な気遣いをしてみたりもするんだけど、確かに私なども死後の御焼香に来ていただく位ならば生前の投票所に...違うナ。
以前、車が故障したことがあって、時間外にY自動車の個人携帯を鳴らせば二つ返事、こそないけれども御助言をいただいてとりあえずは事なきを得た。これが「時間外だから翌日に」なんて言われてしまった日には右往左往の立ち往生だった訳で。やはり困った時はおたがいさまの精神がなければ世の中上手く回らん、もちつもたれつの社会だから。
そんな短絡的な話ではないはずなのだが、どうもあの一件以降、振り子が一方的な方向に流れつつあることに違和感を覚えてしまう残業=悪の風潮。だいたいが魔女狩りが如くどこぞの政党が積極的なことからしてろくなもんではないと思うんだけれども。
本会議などでも午後5時を過ぎることが予想される際は必ず議事の途中で議長が延長を諮り、「異議なし」となるんだけど、んなことなら諮らずとも「5時以降は翌日に」で許されるか。まぁそもそもに当事者が延長に加担している位だから身勝手な言い分にしか聞こえないんだけれどもノー残業なんてのは帰りのチャイムを待っているようでどうも好かん。
私の前職時代などもゆうに百時間以上は残業していたけれども外資ゆえそれで残業代など支払われるはずもなければ、それが会社への貢献度と評価されるような甘っちょろい話はない訳で業績が下がればどこからともなくプランAだBだなどと噂が囁かれてある日突然「今週限りで...」なんてのはほんとの話。御恩と奉公が通用する牧歌的な雇用体系は日本位なもので海を渡れば冷酷なもんだよ。雇われて当然と勘違いしちゃいまいか。
ノー残業に特別手当の支給は健康理由なんてあったけれども仮に定時退社をしたにせよ、自宅に帰れば片隅に追いやられ(そりゃウチだけか)、酒場放浪にも余計な出費と二日酔いともなればかえって仕事の効率が低下する訳でやはりなんだかんだいっても健全なのは残業だよ残業。
特に若いうちなどは芸の肥しというか成長の糧にもなる上に会社ってのは意外と居心地が良かったりもするもので。そんな名残りかこの前なんぞ休日に出勤をしてみればビル内点検の停電にて復旧まで数時間などと聞かされて行き場所なく、然らば隣の歓楽街にでも...違った。
同じ残業でも意に反すか否か、無償か否かが問われるべきで、雇用の不満は雇われている会社に対して正当な評価が出来ない意識の裏返しでもあるのだからそこまで嫌ならしがみつかずにいっそ転職してしまえばと思えなくもないんだけれどもそれが出来ぬ理由は...。「やってあげる」のか「させてもらう」のか、根底にはそのへんの認識の違いが拍車をかけているようで。多少なりとも謙虚さがなくては世間様から相手にされぬ。
(平成29年1月18日/2319回)

川崎市議会議員 山崎なおふみ

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