人格形成権

つい最近、おらが後援会長宅に警察から連絡があったそうな。「選挙の件で、実は...」と。未成年から地元の選挙に駆り出されて数々の修羅場を経験してきた御仁だけに「今さら事情聴取もなかろう」と聞けば申請後に承認された書類を取りに来るようにとのこと。もう2ヶ月以上...。そう、未成年といえば七十年ぶりとなる選挙権の年齢引き下げが実現へ。これで次回はJK(=女子高生)の支持も上乗せされて...淡い期待だナ。
権利と義務は表裏一体。権利ばかりが過ぎるとどうなるか。本市における中学生死亡事件後における世論の動向を受けて成人年齢と少年法の適用年齢の引き下げを巡る議論も本格化。人権を楯に不条理な行為がまかり通る時代、行き過ぎた権利がもたらす負の側面に対する認識を問うた。少子化が過保護を助長し、子どもの権利が拍車をかける。ただでさえ対立を避けがちな日本人。叱れば権利侵害なんて言われかねないから自らに関係なければ余計な軋轢は生まぬに限る。言わねば相手も気付かぬが、言わぬから更に図に乗り...。
全国に先駆けて「子どもの権利条例」を制定した本市。残念ながら他都市における追随が決して多くないことが全て物語るが、権利教育を推進した本市において権利はいかに守られてきたか。対教師暴力に生徒間暴力、根絶できぬイジメ等々、「どこにその成果が見られるのか」と追及すれば、「まだ条例の浸透度が足りぬことが原因だからもっと推進せねば...」と戻るに戻れぬここまでの道、その責任は誰が負うのか。ブラックジョークと言われても仕方あるまい。
わが国とて国連の「児童の権利に関する条約」を批准しているぢゃないかって?そりゃ、あくまでも戦禍や貧困の中にあって迫害されがちな子供たちは守られるべきとの崇高な理念の下に制定された条約。そんな背景も知らぬ高校生らが国連児童の権利委員会で「制服導入は意見表明権を定めた条約に違反する」と訴え、海外委員から「制服もない国の子供に比べて格段に幸せ」と窘められたとは知られた話。履き違えた権利は自己都合を正当化する為の口実。「おたがいさま」の価値観はどんどん薄れ、ギスギスした社会を生む元凶こそがこの行き過ぎた権利。ってのが私の持論。
埼玉県内の自治体で第二子以降の出産で育児休業が取得できれば第一子も家庭でという話題が保護者の「大」反発を招いているとか...。あくまで聞いた話。進む待機児童対策だが、そこに無尽蔵な予算を投入出来る余裕はない。育児休業が取得できるならばその期間位は一緒に家庭で面倒見てはどうかとの趣旨であれば不自然な話じゃない。三つ子の魂百までとはよくいったもので乳幼児期における親子関係がその後の人間形成には極めて大事。

川崎市議会議員 山崎なおふみ

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