規制と競争

隠すものでもないが、私は川崎市ならぬ新潟県生まれのヨソ者。でも、明治時代などは東京都の人口よりも新潟県の人口のほうが多かったんだから...。そう、新潟県といえばコメどころ。以前にコメ農家からこんな話を聞いた。「うちが丹精込めて作ったコメとアイツのコメと何で買取価格が一緒なんだ?」と。
一生懸命やってもやらずとも結果が同じであればそりゃ堕落するのもムリはない。というか、そこを支えてきたのは日本人の勤勉性なのだが、近年は事情も違う。一方のおらが麻生区には農協が運営する農産物大型直売所セレサモスがあって、そちらの商品には生産者の氏名が記されている。消費者にとって生産者の顔が見えることは安心に繋がり、生産者にとって消費者に喜んで貰える立派な野菜を出荷しようという意欲に繋がっている。そして、何よりも隣接の農家と切磋琢磨することで好循環を生み出す先進的な取り組みではないかと自負していて...。
そんな競争の対極にあるのが規制。何よりも壁を作るってことだから外と遮断されることで疎くなりがち。本来は庇護する為の目的があったはずなのだが、社会情勢が刻一刻と変化する中で当時の判断が今も通じる保証はどこにもない。規制の内側にいることは下駄を履いているようなもの。そこに胡坐をかいていては時に成長を阻害することだってありうる話。
いつの間にか単なる既得権益に成り下がり、「成長の為に」その壁を取り払おうにも断固阻止のプラカードを掲げて、「こんどの選挙で落としてやるからな」なんて恫喝じみた行為が行われることもしばしば。いやいや、業界の将来を憂慮しての善意のはずなんだけど...。いつも挑戦する勇気、そして、挑戦される覚悟を失ってはイカン。
さて、正月のおせち料理に欠かせない縁起物「数の子」。数の子はニシンの卵だけど「国産」数の子は滅多に御目にかかれなくなった。石狩挽歌って歌があるんだけどその中に「あれからニシンはどこへ行ったやら~♪」って歌詞が登場する。ニシンそばのニシンとて今は大半が海外産。北海道の江差はかつて北前船の寄港地として活況を呈し、ニシン御殿なる立派な屋敷が残っているけど今は...。
「親の敵と魚は見たら獲れ」「海に出た以上、大漁こそ命」と信じてやまない漁師は同じ一次産業でも完全な自由競争の世界。獲らなきゃ獲られるという現在のオリンピック方式は仕事をした人が報われる自由競争の典型例。資源不足の逼迫した状態が競争に拍車をかけるが、資源自体が枯渇してしまっては無意味というもの。
国土こそ狭いものの、世界第6位のEEZ(排他的経済水域)を誇るわが国は漁業大国。ある一定の個体数が維持出来ればあとは大自然の営みで毎年の漁獲高は安定する。当初から腹八分目にしておけば良かったんだよナ。わが国の漁業は高齢化と後継者不足に悩む衰退産業になりつつあるが、世界の潮流は資源管理。資源管理に成功した国々では漁業は儲かる職業として人気を博しているという。

川崎市議会議員 山崎なおふみ

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